月と雲とカメラしか・・・

薄暗くなってきた街の中を、息を荒くしながら走る人物がいた。

「怖くないから逃げないでいいよ〜」
と言いつつも、あきらかに怖そうというか、危なそうな空気を醸して出している小太りなカメラ小僧。標的は目の前を走っている赤いコートが印象的な少女みたいだ。
「変な事はしないよ〜。写真だけ撮らせてよ〜」
「だめですー」
赤いコートを着ている少女――律は逃げながらも男に返事をしていた。
初めは写真を撮る事を承諾した律だが、カメラを持つ手が微妙に震えていたり、顔がにんまりと厭らしく笑っていたり、息遣いが荒くなっていたりなどの、男の存在に鳥肌が立ったのだ。そして、律が走り出したのは、カメラ小僧がシャッターを押そうとした瞬間だった。
本能的に危険を感じたのだろう。
「ごめんなさい」
と言いながら、走り出した律。
「待ってよ〜」
と言いながら、律を追いかけ出したカメラ小僧。
走り出した律は、人ごみからどんどん離れ、気が付けばあまり人通りのない場所を走っていた。不安になる律と、にやにやと喜ぶカメラ小僧。

律が全力で走っていると、人とぶつかってしまった。
「ごめんなさい!」
本当は、丁重に誤りたい所だが、今はそんな暇がない。止まってしまえば、あの男に追い付かれてしまうからだ。律は剣道をしていて体力には自信のある方だが、その律に男はピッタリとくっついてきているのだった。いったいその太った体のどこにそれだけの体力があるのか。体力というか執念に違いない。
律は、ぶつかってしまった人の横を通り抜け走りだそうとした。が、次の瞬間、腕を掴まれてしまう。
「ごめんなさい!だめなんです!」
カメラ小僧に追い付かれたと思い、離れようと腕から逃げようとする律だが、それを許さないかのように腕を引っ張り自分の方にグイグイ律を近づけていく。あの脂肪だらけの体に、こんな力がどこにあるのだろうか。
「やめてください!」
と叫ぼうとしたが、聞いた事のある声が耳をかすめた。
「律ちゃん。僕だよ」
「えっ?」
上を向けば、男の顔がある。が、その顔は脂ギッチュなカメラ小僧ではなくて、友達・真砂の兄――葵だった。
「葵さん…」
知り合いに会えた事と、カメラ小僧に捕まったのではないと分かると、安心してしまい思わず足の力が抜けてしまう。よろこけそうになった体は葵の方に倒れてしまいそうになるが、なんとか足に気合を入れて、それを避ける事は出来た。
「どうしたの?やけに急いでいたようだけど」
律の様子から、これは大変な事があったなと睨んだ葵は、まずは律を落ち着かせるために話しをする事にした。兄弟の誰もが見たことないような笑顔で葵が尋ねる。
「あ…。走ってるんです…」
「それは、見たらわかるよ。だから、どうして?」
なんて答えを聞かなくてもわかってしまった。
「待ってよ〜」
律の走ってきた方向から聞こえている厭らしい喋り声。
「…なるほどね…。律ちゃん、ちょっと、ごめんね」
葵はそれだけ言うと、後は無言のまま律を自分の胸に抱きとめた。
「あ、葵さん?!」
「少しだけ黙っててね」
葵は少しだけ力を入れて、律を抱きしめると、走ってきたカメラ小僧を睨み付けた。
律を見つけたカメラ小僧はますます嬉しそうに笑うが、何かに突き刺されたような感覚を覚えた。
「なっ、な〜にぃ?」
キョロキョロと見回すカメラ小僧だが、すぐにその感覚の正体がわかった。律をぎゅっと抱きしめている葵の視線だった。
「彼女は彼氏持ちかぁ」っと思いながら、これくらいでめげてちゃカメラ魂が廃ると思いながら、カメラ小僧はカメラを構えようとした。
ファインダーに律を捉える。そしてシャッターを押そうとするが、だめだった。指が動かない。カメラ魂は燃えているが、どうやら葵の突き刺さるような視線にやられてしまった精神がついてきていないらしい。カメラ小僧は舌打ちしながら、
「人間顔じゃないんだぁ」
などと意味不明な言葉を叫びながら、来た道をすごい勢いで走っていった。よほど葵の視線が恐かったらしい。
「あ、帰ってちゃった…」
カメラ小僧が消えて、ほっと安心した律はそのまま背中を預ける。が、自分は葵の腕の中にいるのだと思い出すと、凭れていた背筋をピーンと伸ばし、葵の顔を下から見つめた。
「葵さん、ありがとうございました」
にこりと笑うが、その表情はどこかぎこちない。いくら律がしっかりして、よく出来た子だ。と言われても、律も普通の女の子。知らない男に追いかけられたら怖い事に違いはないのだ。少しだけ律の身体が震える。それに気付いた葵はぎゅっと律を抱きしめる。
「あ、葵さん?」
「まぁまぁ。助けたお礼と言う事であと少しだけ…?」
葵がにこりと笑う。
本当は、すぐにでも律を開放していいのだが、自分よりも小さくて恐怖に震えている律が心配ですぐに離すなんて出来ないでいた。
「こ、こんな事でお礼なんて言わないで下さい。後日ちゃんとしたお礼を……」
葵に抗議するように、上を向いた律の額に葵の唇が優しく触れた。
「あ、あ、あ、葵さん!?」
突然の事で驚いた律は目をパチパチさせながら葵を見つめていた。そんな律の反応を面白がりながら葵は微笑んだ。
「コレとさっきのアレでお礼は十分ですよ」
「だめです!助けていただいたのですから、もっとちゃんとしたものを…」
と、言いながら律の頬は可愛らしく桃色に染まっていった。改めて考えてみると、自分は考えられないような状況にいることに気付いたのだ。暗く人通りのない夜道で、知り合いだが、こんなことをするまで仲の良い関係ではない男の人に抱きしめられている自分に。
「葵さん、やっぱりこんな事はいけません!」
先ほどよりも大きな声で言って、葵の腕を放そうとすると、するりと葵の腕が解けた。
「あ、あれ?」
想像していたよりも弱い力で解けてしまった腕に、拍子抜けしたように律は前に倒れそうになる。
「はいはい、危ないよ」
倒れそうになる律を片腕で軽々と支えると、葵は律から一歩分距離を取った。
「もう、大丈夫そうだね。家まで送るよ」
「葵さん?」
葵は律の手を握って歩き出そうとした。律はそのまま引っ張られるようにして歩き出した。
律がずっとどうしてあんなに簡単に腕を解いたのだろうと、疑問の視線を向けていると、その視線に気付いていた葵が話しだした。
「そんなに見つめないでくれる?さすがの僕も照れるから」
「すみません…」
少しキツメの口調で言われた律は、謝って肩をしゅんと落としてしまった。そんな彼女を横目で見ながら、葵は吹きだしてしまった。
「葵さん?」
「そんなに気にしないで。別に本気で言ったわけじゃないから」
「…それって、私の反応を楽しんでいるって事ですか?」
一寸の間もなく葵が答える。
「うん、そういうこと」
「人の反応で楽しむなんて!!」
律が頬を膨らましながら怒ると、葵はまた笑い出した。
「そんな笑わないでください。私は本気で怒ってるんですから」
「あはは。ごめんごめん。いや、それにしても元気になったみたいでよかったよ」
今まで前を向いて話していた葵だが、立ち止まり律を優しく見つめながら言った。
「さっきのが、相当怖かったんでしょう?それで一人で立てないのに無理して立とうとしていたから、強引だったけど支えさせてもらったよ」
頬を膨らまし怒っていた律だが、葵の発言に驚いて口をポカンを開けてしまった。そんな素直な律の表情にまた葵は笑った。
「そんな顔してると、せっかくの可愛い顔だ台無しだよ」
それだけ言うと、また葵は静かに歩き出した。

家の前まで着くと、葵は簡単に律の手を離した。
「それじゃ、僕は帰るね」
軽く手を振りながら、立ち去ろうとする葵の服を律は掴んでいた。
「律ちゃん?」
「葵さん、ありがとうございました」
「いいよ、気にしないで」
「そんな…。そこまで考えていてくれたなんて私気が付かなくて」
「いいよ。そんなに深く考えないで」
「やっぱり何かちゃんとしたお礼を…。少し待っていて下さい!」
それだけ言い残し、家に入ろうとした律だが、あれだけの事でご丁寧にお礼されては困ると思った葵は、自分の服を掴んでいた律の小さな手を握ると律を引き止めた。そして自分の方に振り向いた律の頬にそっと唇を当てた。
「あ、葵さん…」
さすがの律も何が起こったのかわかってしまい唇の当たった部分に手を重ねる。
「これで、十分だよ。じゃあね」
にこりと笑うと葵は自分の家の方向に向かって走り出した。

玄関前に立ち尽くす律と、少しだけ笑みを溢しながら走り去っている葵の姿は空に浮かぶ月と雲しか見ていない?

 

ぎゃあぁぁぁぁ!!!
秋乃さんからの素敵な頂き物ですーーー!!
以前差し上げたイラストを元に妄想・・・いやいや、想像して書いてくださいました!
これこそイチャイチャパラダイス!!(悦)
この小説をおかずに、また私は秋乃さんへの献上品を描きます!<握り拳
あうん、本当に素敵な物を有り難うございます、秋乃さん♪
そしてこれからもヨロシクしてやって下さい<土下座
それにしても葵兄ちゃん格好良いなぁ。
ウチ(のサイト)にいるとそんなことないのになぁ(笑)